2007年2月18日 (日)

4月1日

2月も後半、いよいよ年度末が近づき、仕事もプライベートも何かと慌ただしくなってきた。
どの企業でも、年度末は、納品、決算、人事異動など、いろいろと業務が輻輳し、一年で最も忙しい時期であることは共通だろう。

Photo_47 仕事柄、毎年、4月1日という日を特別な気持ちで迎える。
長い会社生活を終え、会社を去っていく人たちを3月末日に送り出し、新たに社会人としてのスタートを迎える新入社員を4月1日に迎える。
お世話になった多くの方との別れ、そして緊張の新しい出会い。
2日間を対比すると人生の入口と出口を見るような気持ちになる。

あの年の4月はああだった、こうだったなど、かなり前でもだいたい覚えているが、昨年の4月は、忙しいというよりも、体力勝負の4月だった印象がある。
今年も、4月に向けて、公私ともにかなり忙しくなりそうだ。


古代ローマの政治家・軍人であるアントニウスの言葉に、
「どんな仕事でも、とりかかってしまえば半分終わったようなものだ」
とあるらしい。
仕事の基本セオリーが、二千年前も現代も同じかと思うととても面白い。

さて、今年はどんな4月1日か。
今から楽しみだ。

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2007年2月12日 (月)

自然と記憶

記録的な暖冬らしい。Dsc01962

正月、金沢の天気も変だと思ったが、最近の東京の暖かさは確かに“異常”かもしれない。

Dsc019493月を飛び越してしまうかのような陽気の中、上野動物園へ。
園内で紅梅、白梅を発見した。
上野には、何度足を運んだか数え切れないほどだが、動物園は初めて。

Dsc01907_1
目的はただひとつ、パンダ。

初めて見たパンダは早すぎる春を感じたのか眠りについていたようだ。

幼少の頃から東京に住んでいらっしゃるアトリエの大先輩は、
「こうゆう年は3月に大雪が降ることがある」と。
そして、昔、春に大雪が降った時のことを、まるで昨日の出来事のように詳細に語って下さる。

異常気象の記憶はどんな出来事よりも深く刻み込まれる。
職場で定年退職を迎えた方が、「長い会社生活で一番印象に残っていることは何か?」と聞かれて、
「伊勢湾台風」と答えていた。
自分の経験で言えば、五六豪雪、そしてH12年の東海豪雨。
あの時の目の前の光景は、今でも鮮明によみがえってくる。



東京に来て4年半経つが、幸い、台風、大雪などの自然災害や、水不足などで窮地に追い込まれたことはない。
逆に、自然について強く感じたり深く考えたりすることのない4年半だったかもしれない。

Photo_46 環境問題のことは誰もが知っている。

ただ、記憶に刻み込まれ、痛みを伴うような体験がないと誰も
当事者意識を持って真剣に考えたりはしない。
記録的な暖冬が地球温暖化のせいかどうかは知らないが、今年の冬がどれだけの人の記憶に残るだろうか。

自然環境の変化は、今後、ますます個人生活のレベルにまで影響を及ぼすであろう。そして、環境問題は、今よりももっと現実的な問題として迫ってくるはずだ。

自然環境を専門とする政治家や、真剣に自然環境に関わっていこうとする経営者がこれからの経済、社会において大きな影響力を持つ時代が来るような予感がする。

Photo_45 毎朝、家を出る時、富士山が見えるかどうか確認している。
昨日、その壮大な姿を改めてじっくりと見たいと思い、快速電車に乗って約2時間。河口湖へ。

小学生の頃、家族旅行をした時と変わらない特別な山が目の前にあった。
何にも替えがたい自然そのものだ。

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2007年2月 5日 (月)

建物

Dsc01885 1月にオープンしたばかりの国立新美術館へ。

正式名称は、「独立行政法人国立美術館 国立新美術館」
英語では、「THE NATIONAL ART CENTER TOKYO」となる。
この英語名称の方に、この美術館の役割や目指したい方向性が表れているように思う。

国立美術館は、「NATIONAL MUSEUM OF ART」とあるが、新しい美術館からは、「MUSEUM」は外れている。
Dsc01888 「公募展に対応できる施設を」という要請から生まれた所蔵品を持たないこの美術館は、「MUSEUM」とはいえないということか。

ところで、「美術」と「芸術」は、どちらもART?
「美術館」はあっても「芸術館」は一般的ではない。
音楽は「芸術」であって「美術」ではない?
高校3年時、なぜか音大、美大を志望する人が集まる「芸術」クラスに入っていたが、音大を目指す人も、ある意味では「美」を追求していたので、「音楽」は「美術」といってもよいかもしれない。
それにしても、「芸術」クラスというと響きはよいが、まとまりがなく、まさに個性派の集団だったなぁ・・・。

「GOD」を「神」と訳したのは最大の誤訳、という説もあるが、抽象的、観念的なものは翻訳が難しいということか・・・。
まぁ、専門家にしてみれば、美術や芸術の定義など簡単なことなのだろう。


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建物は、黒川紀章のデザイン。
建物全体の大きなウェーブ、外装のガラスと内部のシルバーの骨格などは、最近の建造物によくあるデザインのように思ったので、建物としては、それほど驚きはなかった。
それよりも、レストラン・カフェのある場所には驚かされた。

建造物、建築物にはとても興味があるが、今までに知った建物の中で印象的なもの、好きな建物をあげるとしたら何だろう?

実際に見たものでは、
「帝国ホテル旧館」(フランク・ロイド・ライト)
「京都駅」(原広司)

見たことがないものでは、
「住吉の長屋」(安藤忠雄)
「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」(ガウディ)
といったところか。
昔のホテル、駅ビル、民家、教会とバラバラだが、パッと思い浮かぶのはこれくらいかもしれない。

特に、住吉の長屋は、実物を見たことはないが、建築関係の本で初めて見た時の衝撃は忘れられず、好きというよりも是非住んでみたい家だ。

建造物・建築物にはそれを作った人たちの苦労と夢が詰め込まれている。
設計者だけではない。地下を掘った人、土を運んだ人、柱を立てた人、・・・。
今に、気になっている建造物・建築物をゆっくりと見てまわってみたい。

H1923_1
←バックに様々なグリーン系の色を試してみる。
奥行きを出すためには、明るいグリーンと暗いグリーンの配置とバランス、仏像の後ろ側への光の回りこみ方などがポイントになる。

というわけで、来週、油が乾いた状態で改めて確認しなければならないが、一応、これで完成!
このブログ始めた時に描き始めたんだったなぁ。
感無量。


以前に、「建物を描いてみたい」と話していたことを先生は覚えていらっしゃったのか、次回はヨーロッパの建物なども候補にしてはどうかと勧められる。

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2007年1月28日 (日)

役にたつこと

“ある”番組が問題になっている。

Dsc01394視聴率を何よりも優先し、内容よりも見せ方を気にする民法放送の情報など、そもそも信用していないので、ほとんど気にもならないが、どうやら苦情が殺到しているらしい。

「○○健康法」などを信じていろいろ試した人たちの怒りが表れたものかもしれないが、人はどうしても、「健康」という言葉に弱いので、人の弱みに付け込む、という意味で悪質だ。

健康食品を大々的に宣伝していれば、怪しく思うはずなのに、TV番組で紹介されると簡単に信じてしまうところが怖い。

強い光に濃い影。うまい話には落とし穴がある。

それにしても、「健康のため」という言葉は普段よく使うが、何でもかんでも「健康のため」と騒いでいる様子は、かえって「不健康」に見えてしまう。

「健康」は何よりも大切だが、「健康」そのものを目的にするとおかしくなる。
「健康になるために生きています」なんてありえない。
「幸せに生きたい」と思えばこそ「健康」が必要になる。

Photo_41 最近の有名企業の不祥事を見ていると、会社経営でも同じようなことがいえるように思う。

「健康」と同様、「利益」は何よりも大切だ。
ただ、どの企業も、起業する際には、「利益」の前に、「やりたいこと、役にたちたいこと」があったはず。しかも、それは、「人の幸せ」につながることではなかっただろうか。
役にたつことを続けようとすると、利益を出し続けなければならない。

Dsc00728_1 「松下電器は人をつくる会社で、あわせて家電を作っている」という松下幸之助氏の有名な言葉がある。

事業で儲けることは大いに結構だが、その前に「世のため」「人のため」になることを考えていない企業は永くは続かないはずだ。

「一生、エンジニアでいたい」というコメントが印象的だったノーベル賞受賞の田中耕一さんは、母親が自分を生んだ直後に亡くなったことから、医療技術の向上に貢献したいと思い、生命科学分野の研究に打ち込んだという。

企業は、「三方よし」の理念に立ち返り、世間との距離感を認識する必要があるかもしれない。
個人レベルでも、自分の存在や仕事が「役にたっているのか」再点検することくらいはできそうだ。


明日は健康診断。身体も再点検。

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今週、久しぶりに絵と向き合った。

ただし細かな線を描きこんだり、足のあたりの色を重ねたりしたくらいで、あまり描いていない。

アトリエでは、先生がイタリア旅行時に撮影した美しい写真を取り囲んで、興奮とため息。

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2007年1月21日 (日)

寒さの中の暖かさ

Dsc01794 先週は仕事で北海道へ。

Dsc01696 今年は暖冬、と聞いていたが、それでも札幌駅前の広場に出てみると、一面、雪化粧の街が広がっていた。
歩道の雪もほとんどとけていない。
踏み固められた雪の上を歩くと、自分が雪国で育ったことを久しぶりに思い出すようで少し嬉しくなった。

「弁当忘れても傘忘れるな」
北陸の出身者なら誰でも知る言葉だが、札幌では少し激しく雪が降っても誰も傘をさしていないことに気付く。そもそも持ち歩いていないようだ。

Dsc01682_1 さらに、札幌の街を歩いて、「ちょっと様子が違うな」と感じたのことは、駅の構内、電車の中、カフェ・・・、どこであっても、携帯電話をいじっている人が少ない。
むしろ、これが普通であって、東京で、どこででもパコパコとキーをたたいている人が多いことに慣れてしまっただけかもしれない。

一昨年前の4月に札幌を訪れた際には、アトリエで評判を聞いて関心のあった三岸好太郎美術館へ行った。
その年は豪雪。市内にはまだ数メートルもの雪が残っていて、しかも、4月にもかかわらず吹雪いていて、5分くらい外を歩いただけでも顔が痛かった。

寒い中を歩いてようやくたどり着いた美術館。まずは館内の暖かさがとてもありがたかった。
さらに、数々の絵が疲れを癒してくれて、気持ちが安らいだことは忘れることができない。

雪国の生活は、何かと面倒だ。Dsc01690
服は余計にいる。暖房費はかかる。
冬用タイヤがいる、それを交換しなければならない。
朝、早く起きなければ家から出られない。家から出ても、隣の家の車がスリップし、立ち往生していれば、手伝わなければ自分も出勤できない。
バスは時間通りに来ない。飛行機は着陸できず、出発地に引き返したりしようものなら、一日、何をやっていたのかわからなくなる・・・。
まぁ、数え上げればきりがない。

今回も、札幌ではたくさんの方にお世話になった。

雪降る街、人は皆、口をきゅっと閉め、険しい表情で歩いている。
ただ、そんな厳しい環境の街だからこそ、人から親切にしてもらったり、笑顔で応えられると、とても優しく感じ、嬉しく思う。
そんなところに北の国でしか感じられない暖かさがあるように思う。

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2007年1月14日 (日)

責任と期待

Dsc01276_2 1月8日が成人式、というのは、どこか違和感があるが、ここ数年、成人式を伝えるニュースはおめでたい映像ばかりではない。

自分が成人を迎えた頃、高校を卒業して就職をする者も少なくはなく、中学生の頃に一番荒れていた?同級生と久しぶりに顔を合わせると、すでに家庭を持ったりしていて、一番落ち着いていたような気がする。

暴れる若者を見ていると、二十歳で成人、ということがよいのかどうか気になってくる。

今朝のTV番組で、ディズニーランドでの派手な成人式と夕張市の手作り成人式が対照的に報道されていたが、重苦しい雰囲気の中で、明るい将来を誓い合う夕張市の若者にエールを送りたい。

Dsc01198 二十歳を迎えて思うことや抱負は人それぞれだろうが、インタビューを受ける新成人の多くは、「責任感を持って行動したい。」と話している。

自分が二十歳の頃、選挙権が与えられることくらいは意識したが、「大人の責任」についてそれほど深く考えたことはなかった。
生活のあらゆる面で選択肢が豊富になったことや、規制緩和の動きなどもあってか、今では、「自己責任」という言葉が一般的に使われるようになったが、「自己責任」とか「責任感を持つ」という言葉をどのように意識して使えばよいのだろうか。

会社で初めて役職の肩書きがついた頃からか、「自分の境遇の全ては、自分で決めて、自分が行動した結果」だと意識するようになり、これが自己責任の出発点ではないか、と考えるようになった。
そう意識すると、望んでいないことやトラブルが自分の身に起こったとしても、人のせいにしたくなったり、腹が立ったりすることはほとんどなくなる。

ただし、これには、良いところとそうでないところがあって、良いところは、他人と摩擦が生じることがないこと。よくないことは、相手に対して、もっと怒り、責め(攻め?)なければいけないような場面であっても、相手に言っても仕方のないこと、とあっさりと流してしまい、それがもとで、周囲の期待に応えられていないことかもしれない。
いずれにしても、どんな出来事も、「全て自分自信が招いたこと」と考える方が、自分としては穏やかに受け止めることができる。
嬉しいことやラッキーな出来事も、「自分自身で種をまいて育てた結果」と考えると自信にもつながる。

「“責任”と感じると重たくて暗い気持ちになるから、“期待”という言葉に置き換えて考えればよいよ」
これはある先輩からのメッセージ。とても気が楽になる。

Dsc01193 戦争のない世の中で、自分を含め、家族・周囲の者も健康な状態であれば、基本的には、自分のことは自分で決めることができる。
起きたくなければ起きなくてもよいし、食べたくなければ食べなくてもよい。会社へ行きたくなければ行かなければよいし、辞めたければいつでも辞めることもできる。

起きて、仕事をして、残業して、酒を飲んで・・・、その一つひとつを自分が「選んで」「決めた」その結果として、翌日、二日酔いで頭が痛くなる・・・。
この単純なことを意識し、忘れないようにしたい。


絵の先生がイタリア旅行中のため、アトリエはお休み。
先生が帰国したら焼き鳥屋で報告会をやろう、という話が進んでいるが、焼き鳥屋でイタリアの話題、というところが面白い。

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2007年1月 8日 (月)

備える

Dsc01439 この正月は金沢の実家に帰省。
6日間の滞在、これほど長い実家での“冬休み”は社会人になって初めてかもしれない。
6日間のうち、5日間は晴天。
降雨日数が1年間の半分を超えるという金沢で、しかも雪の多い正月に、晴れの日が5日間も続くなど“シンジラレナイ”ことだ。

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Photo_40雨が多いこともあってか、金沢には、遊園地などの屋外娯楽施設はほとんどないが、その一方で、なぜか大型商業施設と書店は異常とも思えるほど多く、帰省のたびに「またできたの?」と驚かされる。

Dsc01500 金沢駅前では、JRなどが開発したファッションビルが最近オープン、お正月のセールをしていたが、「金沢でこんなにたくさんの人を見たことがない・・・。」と思うほどの賑わいだった。
映画館や200近いファッションショップが入る大店舗。どうやら県外の顧客も狙っているようだが、焦る金沢市中心街の商業エリアは、ついに、駅前のタクシー乗り場で中心街までの無料タクシー券を配り出してしまった・・・。
「これ、ホントに乗ってよいの?」
光を浴びていた中心街に忍び寄る影。

Dsc01529穏やかな天気だったので、兼六園の周辺を少し歩いてみた。Dsc01569

ちょうど椿の花が咲いていたが、この花、独特の雰囲気があり、一度油絵で描いてみたいと思っている。
土の質感を持った丸い花瓶に一輪挿し。
小さなキャンバスにシンプルに描くイメージは、頭の中では、ほぼ出来上がっている。

金沢滞在中は外出が多かったため、お正月のTV番組はほとんど見ることができなかったが、偶然に見た聖路加国際病院の日野原重明氏の対談番組はとても印象的で、今年一年の自分の目標を定める上でも参考となった。

Dsc01522_1以前、NHKの「プロジェクトX」という番組で、地下鉄サリン事件当日の聖路加国際病院の対応について紹介された際に日野原氏のことを初めて知り、「こんなすごい人がいたんだ」と驚いたことを覚えている。

Dsc01578 あの「よど号」の乗客としてハイジャック事件に遭遇。
「限られた自分の人生、そして命を、人に役にたつこと使おうと思うようになった」という言葉からは、生きる上での価値観を変えるくらいの極限状態を経験されたことが想像できる。

Dsc01539 「診断はサイエンス、告知はアート」

医者が患者と接する際には、「言葉」が何よりも大切であり、「言葉」を使ってコミュニケーションをとるためには(知識ではなく)「教養」が必要になるという。

最近、自分自身、病院や医者との関わりが多いこともあり、考えさせられるものがあるが、「言葉」によるコミュニケーションの重要性は、医者の世界に限ったことではない。
「言葉」は一方的なものであってはならず、「対話」になることが大切だと信じているが、「対話」のためには、相手の価値観や感情、思いなどを想像しながら話をしなければならない。
子供の教育の議論において、「個性を伸ばす」、「創造力」などというキーワードはよく出てくるが、自分以外のこと、相手のことを「想像する力」も重要ではないだろか。

Dsc01541 「大きな円の自分は弧となる」
という言葉も印象的だった。
自分ひとりでは達成できない大きなビジョンを描き、多くの人の手でそれをやり遂げることの意義。

Dsc01566 自分の仕事のやり方を振り返り、目先のことを、しかも自分の都合ばかりを意識して仕事をしているのではないかと反省。
メーカーに勤務する者にとって最も重要な言葉として、忘れることのないよう自分に言い聞かせる。

日野原氏は、大災害や戦争などの有事の際に備えて病院施設を設計していただけでなく、事件当日は、直接現場を指揮し、全ての被害者を制限なく受け入れるための対応をとった。
いざという時のとっさの判断力は、普段から「現場」を自分の目で見て、熟知しているからこそ出てくるものであろう。

今年も何が起こるかわからない。

「将来起こりうることに備える」
これが、今年、自分にとっての最大の目標。

変化があることは間違いないが、大きな変化と小さな変化があるだろう。
大きな円を意識し、変化に対応するためにやっておくべきことを整理、実行したいと思う。

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2年前に描いた静物画。
実家の玄関にさりげなく?飾ってあり、ちょっと誇らしく感じる。
「今だったらこう描くのだが・・・。」と考えてしまう。

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2006年12月24日 (日)

ケーキとおにぎり

Dsc01278 この季節、クリスマスケーキをが見るたびに思い出すことがある。

学生時代の内の3年間、ほとんど毎日酒屋でアルバイトをしていた。
酒屋の前にお菓子屋があって、おいしそうなケーキがケースに並んでいるのだが、売れ残ったケーキをどうするのか、毎日、気になって仕方がなかった。
近所で配るわけにもいかないだろうし、お店に立つ夫婦で食べられるものでもない。
クリスマスの日には、さらに関心は高まった。
25日を過ぎれば売れないはず。夕方になってもまだ売れ残っている様子を見てしまうと、向かい側の店にいるこちらまで「あと30分しかないぞ・・・。」と心配になってしまう。

ちょうどその頃、地元にもようやくコンビニがあちこちに出店し、パン屋を経営している友人の家もコンビニを経営することになった。
今では24時間営業のコンビニがむしろ普通だが、当時は、田舎の街で深夜2時までやっているだけでも“すごい”と思わせた。
1時頃、店番をしている友人を訪ねると、賞味期限の切れそうなハンバーガーやおにぎりを、“スポイル”と呼んで、買い物かごの中に積み上げている。
売れそうな商品は他の店舗に持っていくらしいが、基本的には処分するという。

食べ物を捨てることにはどうしても抵抗感がある。
昔から、最も嫌いなTV番組は大食い競争。捨てているのと変わらない気がする。

ところで、おにぎりといえばコンビニの定番商品。
小学校の運動会では、コンビニおにぎりの包装フィルムを慣れた手つきで剥がす子供たちの姿を見る。
おにぎりは店で買うもの、と思っている子供も多いのでは。

コンビニおにぎりが、おにぎりのステータスを変えたというと言いすぎか。

子供の頃、おにぎりは、母親にしか作ることができないまさに“我が家だけの食べ物”だったように思う。親戚のおばちゃんや友達のお母さんがつくったおにぎりを食べてもどこか違和感を感じていた。
昨年、セブン&アイ社長の講演を聴き、コンビニでおにぎりを売るようになった経緯について、とても興味深い話を聴いたが、いつでも食べられるようになった反面、“消費される商品”となってしまったことで、おにぎりがもたらす家族の幸せ感?ようなものが薄らいできたように感じるのは自分だけだろうか。

Dsc01351
「売れ残ったケーキを捨てるのはもったいない」と思うことは、ごく自然のことだと思うが、「もの余り」の今の時代、子供たちにその感覚を身につけさせるのは意外に難しいようだ。

今朝の新聞に、教育再生会議での議論が載っていたが、
学力の議論だけではなく、何でも残さずに「食べきる」「使い切る」ことの大切さを子供たちに伝えることの重要性を議論してもらいたい。

もっとも、教育の場は学校というより家庭であって、まずは、大人が日常生活で手本を見せなければいけないのだろう。

そういえば・・・、コンビニで買い物をすると、お客さんの“顔”を見て接している店員が実は少ないことに気が付く。
自分は、酒屋のアルバイトを通じて、人付き合いの心得をずいぶん学んだように思うが、コンビニのアルバイトでは、あれだけたくさんの人と接しているにもかかわらず、コミュニケーション力などを身につける経験とならないような気がして残念でならない。
コンビニでは多くの若者が働く。コンビニ業界は、CSRの取り組みの一環としても、アルバイトの若者に、挨拶やコミュニケーションの研修をするようにしてはどうだろう、などと思ったりもするが、そもそも、お客さんと話をすることを求められていないから、あまり効果はないのだろうか・・・・。


H181223_1
←バックにエメラルドグリーンなどを入れ、仏像を浮かび上がらせるようにするが、立体感が今ひとつ。
再度、面と面のつながりをつくり直し、光と影を調整する。

「絵の具を捨てるのはもったいない」と、先生が、描き終わった人のパレットから余った絵の具をわけて下さった。使ったことがない色があると興味がわく。
「アンバーはきらいな色だから」と薦めないところが面白い。

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2006年12月17日 (日)

本当に伝えたいこと

毎年、清水寺で発表される「今年の漢字」は興味深い。
今年、選ばれたのは、「命」。
別の漢字を予想していたが、なるほどそう言われてみれば、そんな気もする。
昨年は、確か「愛」。
最近、スポーツ選手に「あい」ちゃんがやたらと多いことは不思議に思っていたが、今年の漢字と聞いても何だかピンとこなかった。

先週、公共の精神の尊重と郷土を愛する態度を養うことが盛り込まれた改正教育基本法が成立した。
凶悪な少年犯罪の多発や学力の低下など、教育基本法の改正議論につながる話題は多かったが、今、教育現場で起こっている諸問題と「愛国心」の教育をどう結びつけるのだろうか。

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北朝鮮の脅威や中国、韓国との関係悪化など、「にわか愛国者」を生み出しやすい環境になっているような気もするが、「愛国心」の光と影のコントラストはかなり極端であって、人によって見方が異なるはずだ。



そもそも「愛」という言葉は、普段、そう簡単に使わない。
この言葉を慎重に扱うべきであることを誰もが意識しているからではないだろうか。
「Love is blind」というが、強烈な「愛」は、周囲を見えなくさせ、利己的、排他的な考えとともに、時には暴走や暴力を生む。
恋愛関係のトラブルによる殺人事件が報道されるたびに、そんなことになるくらいなら出会わなければよかったのに、と考えてしまう。

Dsc00866_1

学生の頃、ヨーロッパを電車でひとり旅した。
その日に起こった信じられない出来事を、毎晩、日記を記す時、いつも日本人とは何者なのか、ということを考えていた。

わずか1か月間の旅だったが、始めはどこか日本人を避けるように行動していたのに、旅行も最後に近づく頃には、日本人らしき旅行者に自然に声をかけられるようになっていた。

国を愛する前に愛するべきもっと身近なものがある。
親、兄妹、家族、友人、会社の同僚、そして、近所の公園、商店街、生まれ育った故郷。

自分にとっての教育基本法は、「挨拶」「掃除」「3度の食事」

Photo_39親しみをもって会釈し、身のまわりはきれいにし、感謝して食べる。
やはり和食がよい。
これを次の世代に教え、伝えていく。これだけでよい。

誰かに本当に伝えたい大切なことがある時は、大きな声ではなく、その人の耳元でそっとささやくとよい、という。


「日本に生まれてよかった」
お茶を飲みながら、大切な人にそっとつぶやくことで十分だ。

H181216
←いよいよ仕上げの時期に入る。
背景をピーチブラック、サップグリーン、クリムソンレイキを混ぜた透明色で塗ってみて全体のバランスを見る。

「決して輪郭を“線”でとることのないように」と指導を受けるが、平面上で、量と面を表現することは難しい。

ロダンがラファエロの絵を見て語った言葉。
「偉大な画家は、空間に彩りを入れる。物事の厚みを考えるところに彼らの力がある。
線はない、量体だけがある。輪郭を気にせずに、浮き彫りを気にせよ。
浮き彫りが輪郭を支配するのだ。」

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2006年12月10日 (日)

中庸

先月、90歳で亡くなった斉藤茂太さんの著書のタイトルには、どれも関心のあるキーワードが含まれている。
「図解 グスを直せば人生はうまくいく」「長男の本」「いい言葉はいい人生をつくる」・・・。

Dsc00737今年9月頃、四谷駅から新宿駅まで歩き、新宿歴史博物館見学などを含め、歴史散策をした際、新宿御苑近くのファーストフード店に立ち寄って読んだのが、古本屋で買ったモタさんの本だった。

印象に残った言葉は、「仕事主義も家庭本位もいけません」ということ。
毎晩、仕事で夜遅い日が続くと、こんな言葉には考えさせられるものがある。

モタさんは語っている。
日本人のものの考え方や価値観は、同情心が厚く、善行を好み、人々と調和することを何よりも大切にするものだと。

そして、自然のかすかな移ろいを喜び、自然に調和することの穏やかな心境が、日本人に、「中庸」、
つまり、ほどよい状態をよしとさせていると。

「日本人は、なぜわざわざ渋滞に巻き込まれてまで“紅葉”なんかを見に行くのか?
木の葉が紅葉するのは当たり前じゃないか。自然なことだよ。」
以前、カナダ人の知り合いがあきれた様子で話していたが、日本人は、自然の移り変わりを大切にし、その中に美しさを見出す。

今週、新聞で、今年度、日本映画の興行収入が、なんと21年ぶりにハリウッドなど外国映画を上回ったという記事を読んだ。
確かに最近見た映画は邦画ばかりだが、それにしても「21年ぶり?!」

いろいろな要因があると思うが、何でもかんでも外国のもの、特にアメリカナイズされたもの、そして
「金がかかっているものほどよい」という価値観は大きく崩れている。
もっとも、最近のハリウッド映画の脚本のチープさにはがっかりさせられることも多いが・・・。

Dsc00721江戸時代の庶民生活の中に、リサイクルの考え方が根付いていたことが、最近、注目されている。当時の日本独自の文化を学ぶこともブームらしく、本屋には、江戸時代の地図が多く並んでいる。
また、日本人の「もったいない」という価値観に改めて着目する動きもある。

Photo_27 以前、義弟を訪ねてシカゴへ行った時、ショッピングモールに連れて行ってくれたが、その数年後、日本で同じコンセプト、同じ店舗デザインの大型ショッピングモールが誕生した。
「いまだに、日本はアメリカを追いかけているということか・・・。」かなりがっかりした。

ビジネスモデルは、まだまだアメリカからの輸入が続くのかもしれないが、そもそも食生活や文化面では、日本はアメリカを目指す必要はないように思う。
街づくりなど地域経済面では、むしろヨーロッパ型を目指すべきではないだろうか。
旅行をしても、どちらかといえば、アメリカよりヨーロッパの方が気持ちが落ち着く。DNAが反応しているからではないかと思う。

Dsc00724大切な友人が、ぽつりとつぶやく。

「日本人はもっと自信を持ってもよいと思う」
本当にそう思う。

この二千年以上もの間、砂漠で生まれた一神教を信じる国々が世界の多くをリードし、人類は大きく発展してきた。
グローバル化が進み、また、人類がともに環境問題と立ち向かう必要がある今こそ、神と仏を融合させる日本人の「調和」の心、そして、小さなことを無駄にしない、「もったいない」という考え方を大きく活かすことができるのではないだろうか。
豊かな森のみどりに神を信じ、自然と四季を愛する日本人が、世界に貢献できるのではないだろうか。


まぁ、世界のことを考える前に、まずは自分か・・・。
人を大切にするためには、自分を大切にする必要がある。
モタさんの言う「人生80%主義」で、無理せず無事に毎日過ごすことが何よりも大切だ。

H18129_1

←先週に引き続き、部分毎の仕上げのため、細かく色を重ねる。
両足の太さのバランスがおかしいことに気付き、左足の外側のラインを内側に寄せるとともに、左足の軸を内側に移すよう修正。
描けば描くほど気になる部分が出てくる。

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